こちらの記事は 2022 年 12 月 20 日に更新されたものです
内容
- 欧州の単一特許および統一特許裁判所とは何ですか?
- 単一特許および統一特許裁判所の対象国はどこになりますか?
- 単一特許および統一特許裁判所と、従来の制度との違いは何ですか?
- 単一特許および統一特許裁判所はなぜ必要?
- 単一特許および統一特許裁判所はいつ開始されますか?
- 既存の欧州特許出願も単一特許として扱われますか?
- 欧州で選択できた特許の種類を、今後も選択できますか?
- 単一特許の費用は?
- 単一特許の取得方法とは?
- 統一特許裁判所の構造を教えてください。
- 統一特許裁判所の中央部、地方部および支部のいずれかを、必要に応じて選択できますか?
- 統一特許裁判所で取消(無効)反訴が行われた場合、どうすれば良いですか?
- 統一特許裁判所に取消訴訟を先に提起したい場合には、どうすればよいですか?
- 非侵害確認訴訟を提起する場合はどこに求めればよいですか?
- 統一特許裁判所での訴訟手続き方法は?
- 統一特許裁判所では、誰が訴訟代理人になれますか?
- 統一特許裁判所と欧州連合司法裁判所(CJEU)との関係は、どのようなものですか?
- 統一特許裁判所での訴訟執行費用は?
- 単一特許の訴訟では、どの言語を使用することができますか?
- どの地域の被告であっても、争点となる特許を確実に理解できるような制度になっていますか?
- 暫定的な規定(移行期に関する規定)はありますか?
- 単一特許および統一特許裁判所の長所とは?
- 単一特許および統一特許裁判所の短所とは?
- 特許権者が考慮すべき問題は、どのような点ですか?
- 潜在的な「被告」(すなわち、侵害被疑者)が考慮すべき問題点とは?
- イギリスのEU離脱により、どのような影響が単一特許/統一特許裁判所に起こっていますか?
- 単一特許と統一特許裁判所に備えて、何を準備したらよいですか?
- 単一特許(UP)を加盟国内の1か国のみに与えることは可能ですか?
- 単一特許のライセンス(実施権)は全ての保護国をライセンス対象国としますか?
- 欧州特許/欧州特許出願や単一特許のライセンス(実施権)許諾にあたって考慮すべき一般的事項は何ですか?
- 欧州特許または単一特許を対象とするライセンス(実施権)に同意する際に考慮すべき事項とは何ですか?
- 欧州特許または単一特許を対象とするライセンス(実施権)の当事者になっている場合、考慮すべき事項とは何ですか?
- 提携締約から生じた知的財産(IP)の共同所有者になっている場合、考慮すべき事項とは何ですか?
- 特許/特許出願の共同所有者のうち、どの所有者の名前が先に出願書類に記載されているかは重要ですか?
1. 欧州の単一特許および統一特許裁判所とは何ですか?
欧州連合(EU)は、単一特許(UP)のみで全参加国内で特許保護の範囲が及ぶようにする旨、さらには、単一特許に限らず、移行期内に「オプトアウト」を選択しなかった既存の(非単一)欧州特許や今後発行される(非単一)欧州特許の各参加国での発効後に関しても、統一特許裁判所(UPC)がそれらの専属管轄権を有する旨について、加盟国の過半数の同意に至りました。
新制度の特許は、EU規則(UP規則)によって与えられるものであり、既存の欧州特許条約(EPC)の下で特許出願に特許が付与された後に、指定国なしで取得することが可能となります。新制度の裁判所は、2013年2月19日に参加国間で署名された国際協定(統一特許裁判所(UPC)協定)により創設されます。
2. 単一特許および統一特許裁判所の対象国はどこになりますか?
単一特許(UP)は、EUの全加盟国を対象国とすることを目標としており、いずれはそのようになるかもしれませんが、現時点では、スペイン、ポーランドおよびクロアチアが未だ加わっておりません。つまり、EU加盟国のうち、単一特許(UP)への参加を現在表明しているのは、オーストリア、ベルギー、ブルガリア、キプロス、チェコ共和国、デンマーク、エストニア、フィンランド、フランス、ドイツ、ギリシャ、アイルランド、イタリア、ラトビア、リトアニア、ルクセンブルク、ハンガリー、マルタ、オランダ、ポルトガル、ルーマニア、スロバキア、スロベニアおよびスウェーデンの24の国々です。しかし、統一特許裁判所(UPC)協定への署名だけでは、単一特許(UP)および統一特許裁判所(UPC)への参加が保証されているとはいえず、批准が必要となります。
イギリス政府は、当初、統一特許裁判所(UPC)協定を批准しておりましたが、その後、批准を撤回しています。そのため、イギリスは、単一特許(UP)の参加国ではありません。
3. 単一特許および統一特許裁判所と、従来の制度との違いは何ですか?
参加予する全加盟国が批准するものと仮定した場合、UP規則により、既存の欧州特許庁(EPC)が発行する一つの特許のみで、EUのほぼ全体をその対象とすることが可能になります。また、統一特許裁判所単独で、参加する全加盟国での特許権の行使や取消しをまとめて行うことが可能となります。
これらの点は、各国の特許を束ね合わせたような欧州特許(EP)を欧州特許庁(EPC)が発行するという現在の状況と異なります。各国の特許は、通常、登録された国ごとに特許権の行使や更新を個別に行わなくてはなりません。
4. 単一特許および統一特許裁判所はなぜ必要?
欧州議会の議員達の目的として、特許による保護を欧州内で広く確保する際のコストを下げる狙いがあります。現在、大半の欧州特許のバリデーション(有効化)は僅かな国々でしか行われず、それ以外の国々では、特許権者の保護が得られていないことを意味します。また、一つの訴訟によって参加する全加盟国での侵害や有効性を判断できるようになれば、コストはさらに下がるでしょう。
5. 単一特許および統一特許裁判所はいつ開始されますか?
単一特許(UP)の新制度は、イギリス、フランスおよびドイツを含めた13の加盟国が統一特許裁判所(UPC)協定を批准するまで開始しません。2021年12月1日の時点で、先ほどの24のEUの国々のうち、オーストリア、ベルギー、ブルガリア、デンマーク、エストニア、フィンランド、フランス、イタリア、ラトビア、リトアニア、ルクセンブルク、マルタ、オランダ、ポルトガル、スロベニアおよびスウェーデンが協定を批准しています。ドイツでは、直前での違憲申立を乗り越えて、連邦議会の上院および下院が統一特許裁判所(UPC)協定を可決しました。ただし、正式な批准の手続きについては、統一特許裁判所(UPC)の円滑な運用に必要な体制が整うまでその完了を差し控えるとのことです。ドイツがこの手続きを完了次第、3~4か月の「サンライズ期間」が設けられた後、統一特許裁判所(UPC)の本格的な運用が開始されます。
6. 既存の欧州特許出願も単一特許として扱われますか?
UP規則の適用日以降に特許が付与された欧州特許(EP)は、単一特許(UP)による保護を申請することも可能ですし、保護を申請しないことも可能です。つまり、同適用日までに出願された継続中の欧州特許(EP)出願であっても、同規則の発効後まで特許の付与を遅らせることにより、単一特許(UP)としての効果を得ることができます。また、欧州特許庁(EPC)は、「サンライズ期間」が開始され次第、特許の付与が決まった欧州特許出願について、単一効の申請を可能にすると発表しております。
7. 欧州で選択できた特許の種類を、今後も選択できますか?
はい、できます。今後も出願人は、各国の特許庁に特許を直接出願することも可能ですし、それに代えて/それに加えて欧州特許庁(EPC)で欧州特許を出願することも可能です。後者の場合には、(従来と同じく)欧州各国の特許権を束ね合わせた非単一特許をバリデーション(有効化)するかたちになるか、あるいは、単一特許(UP)と、それに加えて単一特許(UP)への非参加国については各国ごとにバリデーション(有効化)を行うというかたちになります。各国での二重特許禁止の原則にもよりますが、双方の特許権は共存することが可能です。
新制度の統一特許裁判所(UPC)では単一特許(UP)および(統一特許裁判所(UPC)の対象国であれば)非単一欧州特許(EP)の双方の特許権を執行することが可能になりますが、各国ごとの特許については、常に各国の裁判所でしか特許権を執行することができません。
8. 単一特許の費用は?
「出願料」
欧州特許庁(EPC)の審査手続きに変わりはありません。よって、出願料は、現在の欧州特許庁(EPC)への出願料と同一料金になります。
「審査費用」(代理人費用)
欧州特許庁(EPC)の審査手続きに変わりはありません。審査費用は、現在の欧州特許庁(EPC)での審査費用と同一料金になります。
「翻訳費用」
6年間~最大12年間は、全ての単一特許(UP)について、(請求項の範囲だけでなく)明細書全体を英語で出願するか英語に翻訳することになっています。大半の欧州特許(EP)は、既に英語で出願されたものです。英語での出願の場合には、EUの別の一つの言語へと翻訳することになっていますが、ドイツ語やフランス語以外の言語であってもよいとされています。例えば、スウェーデンの出願人であれば、スウェーデン語を選択することが可能です。さらに、現行と同じく、全ての出願は、許可されてから特許を付与されるまでの間に、請求項の範囲を英語、フランス語およびドイツ語に翻訳しなければなりません。
「バリデーション費用」
統一特許裁判所(UPC)協定に署名していない欧州特許条約(EPC)国は除きますが、単一特許(UP)により、従来の「バリデーション」費用、すなわち、特許付与後に特許の部分翻訳または全体翻訳を各国ごとに用意するコストが不要になります。
「更新手数料(年金)」
欧州特許機構管理理事会特別委員会は、最も頻繁にバリデーション(有効化)が行われる上位4か国での特許の更新手数料の合計を権利期間全体にわたって辿るという「true TOP4」料金案の採用を可決しました。これにより、単一特許(UP)の特許権者のコストは、各国ごとの特許権を沢山まとめて維持する場合に比べて総合的に安価となるのに対し、少数の国だけでバリデーション(有効化)を行うと共にその中の一部だけを権利満了まで維持する場合に比べると高価になります。現状では、全欧州特許の50%超のバリデーション(有効化)が3国以下となっています。このような特許の場合には、対象国が大幅に広がる反面、「true TOP4」料金案によって維持コストが増加することを意味します。
「中小企業の場合」
中小企業(SME)については、欧州特許庁(EPC)の公用語でない言語で出願された欧州特許(EP)出願を英語、フランス語またはドイツ語に翻訳する際にかかる翻訳費用を援助する仕組みが設けられることになります。この仕組みは、中小企業(SME)だけでなく大学や自然人(すなわち、企業体でない実際の人間)や非営利団体も利用することが可能です。いずれの場合も、援助を希望する当事者は、加盟国内の居住者であるか、あるいは、事業の主な所在地が加盟国内でなければなりません。
9. 単一特許の取得方法とは?
現行と同じく、特許出願を欧州特許庁(EPC)に提出し、審査を受ける必要があります。出願人は、特許の付与時に、欧州特許(EP)を「単一特許(UP)」に指定するだけで、参加する加盟国に対して単一特許(UP)としてのバリデーション(有効化)を行うことができると共に、(いわゆる「拡張国」も含め)それ以外の欧州特許条約(EPC)の各国については、これまでどおり個別にバリデーション(有効化)することが可能です。
単一特許(UP)の場合の欧州特許庁(EPC)での異議申立過程および審判過程は、既存の欧州特許(EP)出願の場合の現行の異議申立過程および審判過程と同じになります。
各国に直接出願された特許出願には、何の影響も生じません。
10. 統一特許裁判所の構造を教えてください。
統一特許裁判所(UPC)は、第一審裁判所(Court of First Instance)と控訴裁判所(Court of Appeal)で構成されます。第一審の中央部、地方部および支部は、参加するEU加盟国同士の様々な場所に設けられることになっており、資源や司法的経験の共有を希望する国同士に対しては、支部が設置されます。中央部、地方部および支部のいずれの場合も、合議体は様々な国籍の判事で構成されることになっています。
中央部の「本庁」はフランス(パリ)に設置される一方、訴訟対象となる特許の技術分類に応じて、パリでの業務がドイツ(ミュンヘン)との間で、あるいは、ドイツ(ミュンヘン)ともう一つの別の国との間で分担される予定です。ドイツ支部では機械や武器の案件を審理し、フランス支部では通信や電気やその他の案件を審理します。イギリスが統一特許裁判所(UPC)協定の批准を撤回するまでは、中央部のもう一つの支部がロンドンに設置される予定でした。この支部では、医薬やバイオや化学や農業や医療機器を含む、幅広い分野の案件を審理する予定でした。現時点では、ロンドンに配分される予定であった案件をパリとミュンヘンとで分担するのか、それとも、別の都市に中央部のもう一つの支部を創設するのかが、まだ決まっておりません。ミラノやハーグが、候補に挙がっています。統一特許裁判所(UPC)は現在EUの加盟国の国内裁判所が行っているように、EU法に関する問題を欧州連合司法裁判所(the Court of Justice of the EU)に付託することになります。
11. 統一特許裁判所の中央部、地方部および支部のいずれかを、必要に応じて選択できますか?
原告(特許権者)は、(1)侵害が発生したか又は侵害の恐れがある国の地方部又は支部、あるいは、(2)被告(又は複数の被告のうちの一つ)の居所であるか又は被告(又は複数の被告のうちの一つ)の事業の所在地がある国の地方部又は支部に、侵害訴訟を提起しなければなりません。また、EU外を拠点とする被告(すなわち、参加するEU加盟国の居住者でないか、あるいは、参加するEU加盟国に事業の所在地がない被告)の場合には、中央部で侵害訴訟を行うことが可能です。上記の(1)の国や(2)の国が地方部や支部に加わっていない場合(例えば、ルクセンブルクやマルタの場合)にも、中央部で案件を提起することが可能です。以上のルールに鑑みると、特にヨーロッパ広域にわたる侵害の場合には、原告(特許権者)がどの中央部、地方部および支部で訴訟を提起したいのかに関して幅広い選択肢を持つことができるようです。
12. 統一特許裁判所で取消(無効)反訴が行われた場合、どうすれば良いですか?
侵害訴訟を審理する地方部や支部は、(1)侵害手続きと取消手続きをまとめて処理するか、(2)侵害手続きを処理する一方で、取消反訴については中央部に付託する(「分離審理」の慣習)か、(3)侵害手続きを(取消手続きが解決するまで)一時停止または「中断」すると共に、取消反訴を中央部に付託するかについて、裁量を有します。また、当事者同士が同意すれば、侵害訴訟と取消反訴の両方を中央部に付託することも可能です。
「分離審理」の選択肢が存在することにより、(強いとは言えない)特許の侵害訴訟の場合に、有効性の判断よりも先に侵害訴訟を行うことができるので、特許権者にとって非常に有利に働く可能性があります。これは、統一特許裁判所で侵害や有効性の判断を行うことによってコストを下げるという名目上の目的に反することにもなり得ます。
分離審理に関しては、裁判所が裁量を有するので、当事者の思いのままとはならないはずです。それでも、訴訟当事者同士の公平性の観点から、訴訟規則上の下記の重要な規定により、その影響が「緩和」される仕組みになっているようです:
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統一特許裁判所(UPC)は、分離審理の裁量を有しているものの、分離審理を行うという義務はありません(無効訴訟と侵害訴訟を別々の裁判所で提起しなければならないとするドイツの現行制度とは異なります)。
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分離審理の検討が行われるのは、一般的に、案件が(詳細な書面「答弁」の終了までの)数か月間経過してからです。
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侵害裁判所は、取消になる「可能性が高い」と思われる場合、中央部に有効性の判断を委ねたほうがよいと判断した時点、あるいは、侵害請求についての判決を下す段階で、自所の(侵害)訴訟を中断しなければなりません。
確証はなく、絶対とも言えませんが、大半の支部および地方部は、取消反訴についても進んで審理するものと思われ、分離審理を行う可能性は低いと考えられます。
13. 統一特許裁判所に取消訴訟を先に提起したい場合には、どうすればよいですか?
取消訴訟を、対応する侵害訴訟よりも先に行う場合には、取消訴訟を中央部に提起する必要があります。その後、対応する侵害訴訟を、前述したとおり(1)中央部または(2)支部もしくは地方部に提起することが可能です。
14. 非侵害確認訴訟を提起する場合はどこに求めればよいですか?
非侵害確認訴訟は中央部に提起しなければなりませんが、対応する侵害訴訟が3か月内に支部または地方部で開始された場合、中央部は非侵害確認訴訟を中断しなければなりません。
15. 統一特許裁判所での訴訟手続き方法は?
訴訟は、書面手続き、中間手続きおよび口頭手続きの3段階からなります。書面手続きでは、当事者同士が、各々の事実を記述・主張した(典型的に、当事者ごとに2種類の主張からなる)文書をやり取りします。中間手続きでは、判事である「主任裁判官(judge-rapporteur)」が、最終口頭審理に必要な全ての準備を行うと共に、これらの準備を整える目的で、当事者同士を中間会議(interim conference)に招く可能性があります。また、主任裁判官は、和解の可能性も探ります。口頭手続きは裁判長の指揮のもと行われ、当事者同士の口頭陳述が交わされるほか、中間手続きの際に要請されていれば、証人や専門家の陳述も行われます。
口頭審理は、通常、1日以内に収められます。また、第一審訴訟は、約1年以内に判決が下されるようになっています(実際には、それよりも長引く可能性があります)。
「控訴」
全ての控訴審はルクセンブルクに設置された中央控訴裁判所で行われ、訴訟判決の「再審」を行うことが可能になっています。これにより、実体法や地方部、支部および中央部での訴訟上の調和が確保されるので、新制度にとって極めて重要な役割を担っています。
「法的拘束力」
第一審裁判所の地方部、支部および中央部、ならびに控訴裁判所の判決は、国内裁判所による法的拘束力の確認を必要とすることなく、参加する全加盟国内で法的拘束力を有するものとなります。
16. 統一特許裁判所では、誰が訴訟代理人になれますか?
この規則では、参加加盟国の裁判所で代理業務が認められている弁護士や訴訟資格を追加で取得した欧州特許弁理士が、当事者の代理人となることができます。また、その他の特許弁理士であっても、統一特許裁判所での口頭陳述を許可されることで、代理業務の補助を行うことが可能となっています。
17. 統一特許裁判所と欧州連合司法裁判所(CJEU)との関係は、どのようなものですか?
これは、議論の分かれる問題であり、統一特許裁判所協定(UPCA)の交渉でも繰り返し争点となった部分です。最終的には、意見が歩み寄った形で落ち着きました。統一特許裁判所(UPC)は、EU加盟国の国内裁判所と同様、欧州連合司法裁判所(CJEU)と協力してEU法を「十分に尊重し適用」しなければなりません。統一特許裁判所(UPC)は、EU法の問題についての予備判決を欧州連合司法裁判所(CJEU)に請求することで、欧州連合司法裁判所(CJEU)の判例法の優位性に準拠しこれを尊重することになっています。しかしながら、有効性や侵害の基本法については、EUの法律ではなく、特に、統一特許裁判所(UPC)協定や欧州特許条約といった他の場所から導き出すことになっています。統一特許裁判所(UPC)は、さらに、他の国際協定や各国の法律を適宜尊重することになっています。
妥当性(例えば、新規性や進歩性)の影響は、統一特許裁判所は、欧州特許条約(EPC)を遵守することで、参加する全加盟国について統一した解釈を行うことになっています。侵害への影響に関しては、より複雑になるものの、最終的な結果を言えば、統一特許裁判所(UPC)はこの点についても統一した解釈を行うことになっております。その法的基盤として、侵害行為に関しては、適用日の時点で特許の出願人が居住者であったか又は事業の主なもしくは何らかの所在地であったEU国の国内法に準拠しながら、参加する全加盟国であったとしても統一した判断を行い、判決を下すようになっています。EUを拠点とせず管轄的基盤もない出願人が関わっている紛争の場合には、統一特許裁判所が、代替策として、ドイツの法律を適用することになります。とはいっても、参加する全加盟国は統一特許裁判所(UPC)協定を国内法に組み込んでいると思われ、特に、統一特許裁判所(UPC)協定自体に侵害行為の性質が規定されていることから、どの国の法律が正式に適用されるのかにかかわらず、適用法は同一の内容になるはずです。
実際には、統一特許裁判所(UPC)が、有効性および侵害に関して独自の法体系を構築し、それを地方部、支部および中央部ならびに控訴裁判所にわたって統一適用するものと予想されます。
単一特許規則、業務に関する「ブリュッセル」規則、補充的保護証明書やバイオ発明や競争法等の問題についてのその他のEU規則や法律など、EU法の問題が伴うような場合には、欧州連合司法裁判所(CJEU)への照会が行われる予定です。
18. 統一特許裁判所での訴訟執行費用は?
参加する複数のEU加盟国をまたいだ単一特許(UP)の執行訴訟(侵害や有効性)の費用は、少数の加盟国だけに絞って個別で執行訴訟を行った場合の合計費用よりも、はるかに安く済むことになります。しかも、案件に充てられた訴額に応じて、敗訴者から費用を回収することも可能です。統一特許裁判所(UPC)に提起される全訴訟の手数料を定額(固定手数料)とし、一部の訴訟については訴額に応じた追加手数料を設定することが提案されています。具体的に説明すると、
「侵害訴訟」の場合には、
- 固定費:11,000ユーロ
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訴額に応じた追加手数料:
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訴額が500,000ユーロを超える場合
2,500ユーロ~ -
訴額が50,000,000ユーロを超える場合
325,000ユーロ~
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訴額は、訴訟を提起した当事者の客観的利害と管理委員会(Administrative Committee)の決議で示されたガイドライン(現時点では未公表)に基づいて、統一特許裁判所が評価することになっています。
対照的に、「取消訴訟」の場合は、20,000ユーロの固定費用のみで済みます。また、侵害訴訟の反訴として提起された取消訴訟の手数料は、侵害訴訟と同額(11,000ユーロ)で、20,000ユーロの上限が設けられます。
小規模・零細企業は、上記金額から40%の減額を受けることができます。
訴訟を取り下げた場合や和解した場合には、手数料の一部の返金を受けることができます。書面手続きの終了前であれば60%の返金を受けることができ、中間手続きの終了前であれば40%の返金を受けることができ、口頭手続きの終了前であれば20%の返金を受けることができます。また、1人の判事による審理の場合には、費用の25%の減額を受けることが可能です。
また、統一特許裁判所(UPC)は、当事者(自然人以外)が、通常の費用を支払うと経済的存続が脅かされることを証拠により立証した場合、固定費用および価値に基づく費用の全部または一部を返還する裁量権を有しています。裁判所がこれらの規定をどの程度寛大に適用するかはまだ不明です。
「費用(訴訟費用)の回収」
回収可能な費用も、提起された訴訟の訴額に応じたものになります。
回収可能な費用は、
- 訴額が250,000ユーロ以下の場合:
最大38,000ユーロ~ - 訴額が50,000,000ユーロを超える場合:
最大2,000,000ユーロ
となります。
案件が極めて複雑、多言語を用いる必要があるなど、一部の状況下において、回収可能な費用の上限を、1,000,000ユーロ以下の訴額の案件ならば最大50%、1,000,000ユーロ~50,000,000ユーロの訴額の案件ならば最大25%引き上げる事が可能になります。
50,000,000ユーロを超える訴額の案件ならば最大5,000,000ユーロまで上限を引き上げることが可能となります。
また、(自然人、小規模・零細企業、非営利団体および大学を含む)当事者は、訴訟に負けて負担費用の全額を支払うことで当事者の経済的存続が脅かされる場合は回収可能な費用の上限を下げるように統一特許裁判所に請求することも可能です。なお、このような要請は、訴訟の出来る限り早い段階で行う必要があります。
19. 単一特許の訴訟では、どの言語を使用することができますか?
地方部および支部(図4を参照)での手続言語は、その地方部または支部の言語(または複数の言語のうちの一つ)になります。当事者同士が同意すれば、統一特許裁判所の合意を得て、言語を変更することができます。あるいは、裁判所長官が、争点となる特許の言語(大抵の場合、英語)を使用するのが適切と判断する場合もあります。訴訟人、特に、国際訴訟人は英語を希望することが多いという点から、地方部および支部の多くは、その地方部または支部が拠点とする国の公用語が英語でない場合も、英語を手続言語として使用可能にすることを提案しています。
中央部での手続言語は、争点となる特許の言語になります。そのため、案件がイギリス、フランスおよびドイツのどこで審理されたとしても、大抵の場合の手続き言語は英語になると思われます。
20. どの地域の被告であっても、争点となる特許を確実に理解できるような制度になっていますか?
特許権者(原告)は、(1)侵害が発生したと思われる国、または(2)侵害被疑者(被告)の所在地がある国の言語への翻訳文の提出を侵害被疑者(被告)から求められる可能性があります。また、特許権者は、統一特許裁判所の手続言語への翻訳文の提出を統一裁判所から求められる可能性があります。
控訴審の手続言語は、第一審と同じ言語になるのが通例です。
侵害訴訟と取消訴訟とが異なる地方部、支部、中央部で審理される可能性があるということは、複数の異なる言語で審理が行われる可能性もあることを意味します。
現実的には、英語が訴訟手続きの主要な言語となると考えられます。理由は、統一特許裁判所(UPC)の合議体は多国籍の判事で構成されることになっているからです。
21. 暫定的な規定(移行期に関する規定)はありますか?
統一特許裁判所(UPC)は、単一特許(UP)だけでなく、既存の「従来型」非単一欧州特許(すなわち、統一特許裁判所(UPC)の1つ以上の参加国を指定国とし、かつ、単一特許(UP)を申請しなかった欧州特許(EP))および今後の「従来型」非単一欧州特許についても管轄権を有します。なお、欧州特許(統一特許裁判所(UPC)の開始前に特許付与された欧州特許を含む)を特許付与後に統一特許裁判所(UPC)の参加国でバリデーション(有効化)したものについても、管轄権を有することになっています。
しかし、統一特許裁判所(UPC)の開始前3~4か月の「サンライズ期間」に、既存の欧州特許の特許権者が統一特許裁判所の登記部にオプトアウト(適用除外)の意思を伝えることで、既存の欧州特許を統一特許裁判所(UPC)の管轄からオプトアウトさせることができるようになっています。よって、特許権者は、特許付与後の欧州特許を各国(統一特許裁判所(UPC)の参加国)でバリデーションしたもの全体に対する一元的な取消訴訟が即座に提起されるのを避けるためにも、既存の特許ポートフォリオを今見直し、オプトアウトさせたい特許を特定しておくことが望ましいでしょう。
統一特許裁判所(UPC)協定の発効後の7年間の移行期は、オプトアウトされなかった非単一欧州特許(EP)の侵害訴訟や取消訴訟を、各国の裁判所および統一特許裁判所(UPC)のどちらにも提起することが可能です。移行期の終了時点で各国の裁判所に係属中の訴訟は、引き続き各国の裁判所で審理されることになります。
さらに、移行期では、統一特許裁判所(UPC)に訴訟が未だ提起されていないことを条件として、特許権者または出願人が、非単一欧州特許(EP)を統一特許裁判所(UPC)の新制度から「オプトアウト」させるという選択も可能です。オプトアウトの登録の最終期限は、移行期終了の1か月前です。
特許権者または出願人は、(「オプトアウト」後に各国で訴訟が始まっていないことを条件として)いつでもオプトアウトを撤回する(すなわち、「オプトイン」する)ことが可能です。オプトアウトされた欧州特許(EP)に関する訴訟は、各国の裁判所でのみ可能です。オプトアウトの登録や撤回には手数料がかかりません。
この移行期の最初の5年間が経過すると、各国の裁判所でオプトアウトされた欧州特許(EP)に関連した訴訟が頻繁に行われているか(それとも、あまり行われていないか)の確認が行われます。その結果に応じて、移行期は最大7年延長される(合計で14年になる)可能性があります。
22. 単一特許および統一特許裁判所の長所とは?
「出願人」の場合:
バリデーション(有効化)費用および翻訳費用を節約することができ、さらには、更新手数料(年金)を節約できる可能性があります。
「特許権者(原告)」の場合:
欧州の複数の国々に対する権利行使コストを削減することができるほか、欧州広域の複数の国々に対してまとめて差し止め(仮差し止めまたは終局差し止め)命令を獲得するにあたり、その案件に適した好都合な特定の地方部、支部または中央部で侵害訴訟を提起することが可能となります。どの地方部、支部または中央部で提起するのかという判断の考慮事項としては、取消請求がどのように扱われる可能性が高いかを含め、様々な現実的、法律的、言語的および戦略的な考慮事項が挙げられます。欧州広域にわたる差し止め命令が持つ商業的な影響を踏まえると、単一特許(UP)は非常に強力な知的財産権になると言えます。
「被告」の場合:
複数のEU加盟国で同一(侵害被疑)製品の被告となった場合のコストを削減できる可能性があります。
「原告」または「被告」の場合:
複数のEU加盟国で同時に特許の取消を求めることができます。
「中小企業」の場合:
EUの複数の国々の複数の管轄域で別々に訴訟を行う場合に比べて費用を確実に削減できる可能性が高まるので、支払い能力の低い中小企業(SME)であっても、特許権の執行が選択肢に入るようになります。また、裁判制度がどのように展開していくか十分に予測できず、資金的に中小企業(SME)の手に届かなかったような国々においても、差し止め命令が得やすくなります。
23. 単一特許および統一特許裁判所の短所とは?
「特許権者(原告)」の場合:
一回の訴訟で、EUのほぼ全域にわたって特許権を失うリスクがあります。
「被告」の場合:
被告になると、EU全体で差し止め命令を受けるリスクがあります。さらに、EUのなかでも不慣れな司法管轄域で訴訟が行われる可能性があるにもかかわらず、EU広域に影響を及ぼす判決が下されるリスクがあります。
つまり、単一特許(UP)/統一特許裁判所(UPC)には長所もある反面、思いもよらない場所(裁判所)で訴訟が行われる可能性があるほか、不利な判決が下された際のリスクが高まる可能性があります。
24. 特許権者が考慮すべき問題は、どのような点ですか?
各国の特許、従来型欧州特許(非単一)および単一特許のどれを出願すべきか
統一特許(UP)による保護を得るか得ないかという選択肢は、出願人にあります。したがって、今後も従来型欧州特許(EP)を出願し、特定の国のみを指定国にするということが可能です(例えば、1または2の国のみを対象として考えているような場合です)。このような特許であれば、直ちに、又は移行期の最中に統一特許裁判所(UPC)環境からオプトアウトさせて、各国の裁判所で訴訟が開始されていないことが条件になりますが、様子を伺ったうえでオプトイン(新制度に戻ること)を決めるということが可能です。
また、保護対象として考えている国々に特許を直接出願するということも引き続き可能です。その場合には、現行と同じく、各国の裁判所だけの管轄となります。
単一特許(UP)と非単一欧州特許と各国の特許との混在型の特許ポートフォリオを用意しておくことは、新制度のリスクと恩恵のバランスを取った、慎重ながら堅実とも言える戦略です。現時点からでも、特許権者は、自身の事業にとっての最適な戦略が何であるかを早速考慮し、どのタイプの特許権でどの発明を保護すべきか、そして、それをどのようにして決定していくのかを検討し始めるのが良いでしょう。
既存の「従来型」欧州特許(非単一)出願をオプトアウトすべきか
慎重な特許権者や訴訟人であれば、少なくとも新制度の長所や短所が明らかになるまでは、既存の(重要な)欧州特許(EP)ポートフォリオをオプトアウトさせておきたいと考えるかもしれません。しかし、最初のフィートバックの印象としては、どうやら統一特許裁判所(UPC)の裁判官の質は高くなるようです。やがて、統一特許裁判所(UPC)が欧州の特許紛争解決の第一線に立つようになるでしょう。そうなれば、オプトアウトを希望する特許権者は少なくなり、以前オプトアウトした特許権者もオプトイン(新制度に戻ること)を選択するようになると考えられます。
25. 潜在的な「被告」(すなわち、侵害被疑者)が考慮すべき問題点とは?
統一特許裁判所で取消?または欧州特許庁で異議申立?
欧州特許庁(EPO)での異議申立を開始せずに統一特許裁判所(UPC)に単一特許(UP)の取消訴訟を提起するという選択肢が可能となります。であれば、統一特許裁判所(UPC)で無効化を探るべきか、欧州特許庁(EPO)で異議申立を図るべきか、それとも、両方を行うべきか、どれが良いのでしょか?
様々な要因を考慮しなければなりません。
異議申立は欧州特許(EP)の全指定国に影響を及ぼしますが、統一特許裁判所(UPC)での無効化は単一特許(UP)、あるいは、単一特許(UP)の参加国で欧州特許(EP)をバリデーション(有効化)したものにしか影響を及ぼしません。統一特許裁判所(UPC)での無効化訴訟によって統一特許裁判所(UPC)での侵害訴訟を先延ばしにできる可能性があるものの、欧州特許庁(EPO)での異議申立によって統一特許裁判所(UPC)での侵害訴訟が先延ばしになることはありません。異議申立は対象の特許付与日から9か月間の異議申立期間内に開始されなければなりませんが、取消訴訟はいつでも提起することが可能です。異議申立過程は、取消訴訟よりも長期間にわたる可能性がありますが、非常に低コストで済みます。特許付与日から9か月間の異議申立期間内に異議申立を要請することなく、統一特許裁判所(UPC)での無効化訴訟を利用したくなるかもしれませんが、異議申立過程は中身が良く分かっており、低コストであり、どのようになるかも予測し易いので、問題となりそうな欧州特許があれば、異議申立を行ったほうが宜しいでしょう。
重要な点として、欧州特許庁(EPO)での異議申立過程を統一特許裁判所(UPC)での取消訴訟と並行して進めることは禁止行為ではなく、統一特許裁判所(UPC)の判決が異議申立過程に対して拘束力を有することもありません。したがって、9か月以内の異議申立期間内であることが条件になりますが、統一特許裁判所(UPC)での取消訴訟提起を検討している当事者は、それに加えて欧州特許庁(EPO)にも異議申立を行うのが、費用対効果の高い、堅実な判断になると思われます。
統一特許裁判所で非侵害確認訴訟を求める場合には、どうすれば良いですか?
統一特許裁判所(UPC)では、非侵害確認訴訟を提起することが可能です。この訴訟は、中央部に提起しなければなりませんが、同一の当事者間で同一の特許を対象とした侵害訴訟が地方部または支部で既に開始している場合には、その地方部または支部の管轄になります。
非侵害確認訴訟の開始から3か月以内に(同一の当事者間で同一の特許を対象とした)侵害訴訟が地方部または支部で開始された場合、非侵害確認訴訟は中断されなければなりません。そのため、製品発売の少なくとも3か月以上前には、非侵害確認訴訟を開始しておいたほうが良いでしょう。
統一特許裁判所での取消訴訟のタイミング
侵害被疑者が製品のローンチの「障害となり得る要因を取り除いておきたい」と考えた場合には、従来の慣習よりも早い段階で取消訴訟の開始検討を行う必要があります。統一特許裁判所(UPC)手続規則によると、取消訴訟が中央部で係属中のあいだに侵害訴訟が地方部または支部で開始した場合、その地方部または支部は、侵害訴訟と取消訴訟の両方を担当するか、取消訴訟を中央部に任せたまま侵害訴訟を進める又は一時停止するか、(当事者同士の同意をもって)案件全体を中央部に付託するかについて、裁量を行使することができます。
そのため、取消訴訟を確実に中央部で進めたいのであれば、侵害訴訟が開始される前に取消訴訟を開始しておく必要があります。これにより、中央部での取消請求が、特許権者の侵害請求で選ばれた地方部や支部へと移管・審理されてしまうリスクを避けることができます。
26. イギリスのEU離脱により、どのような影響が単一特許/統一特許裁判所に起こっていますか?
イギリスは、欧州連合からの離脱を決定した結果、単一特許および統一特許裁判所(UPC)のプロジェクトからも退くことになりました。イギリスは、統一特許裁判所(UPC)協定を批准していましたが、この批准も撤回となりました。残りの国々は、単一特許(UP)および統一特許裁判所(UPC)を実現する計画を引き続き進めております。前述したように、未解決の重要な問題は、ロンドンに設置される予定であった中央部の支部を、どこに設置するのかという点です。
イギリスの離脱によって欧州特許出願の出願や審査が変わることはありませんが、イギリスを単一特許の対象に含まれなくなりました。欧州特許のバリデーション(有効化)を2、3国以下でしか行わないことが多い特許出願人は、単一特許が費用的に妥当な選択肢であるのか、それとも、欧州特許を各国ごとにバリデーション(有効化)したほうが良いのかを判断する必要があります。
別のEU離脱の影響は、イギリスが欧州経済圏ではなくなったことです。ただ、イギリスが、特に医薬や通信などの分野において重要な市場であり続けることには変わりありません。また、イギリスの特許裁判官の専門知識は、広く評価されています。そのことから、今後、イギリスでの訴訟と統一特許裁判所(UPC)および/またはイギリス以外の欧州各国の裁判所での訴訟とが並行するかたちで、複数の司法管轄域にわたる特許紛争が数多く行われていくことになると考えられます。訴訟人は、仮差し止め命令などの一時的措置も含めたあらゆる選択肢を視野に入れつつ、訴訟戦略を入念に練る必要があります。
イギリスは、自国の裁判所の管轄権とEU加盟国の裁判所(統一特許裁判所(UPC)を含む)の管轄権を明確にするために、ルガノ条約への加入を申請しました。しかし、EUは、現時点でイギリスの加入を認める予定はないようです。そのため暫くの間、イギリスの裁判所は、自国の裁判所手続き規則および適切な法廷地の法理の適用によって管轄権の問題を判断していくことになります。
イギリスとEUの関係は、これからも変化し続けます。そのなかで、我々マークス&クラークは、クライアントの皆様のあらゆるIP(知的財産)のニーズに欧州各地のオフィスから引き続き応えていく所存です。
27. 単一特許と統一特許裁判所に備えて、何を準備したらよいですか?
検討内容:
早い段階で統一特許裁判所(UPC)の開始前から、特許ポートフォリオを見直して既存の欧州特許(EP)や今後付与される欧州特許のうちのどれを新制度開始当初からオプトアウトさせたいかを検討し、新制度の善し悪しがはっきりしない間は新制度からの適用除外(オプトアウト)状態を維持して、新制度のほうが望ましいと分かり次第オプトインする(新制度に戻る)のが良いでしょう。
侵害者に対する多様な執行方法を用意しておくためにも、少なくとも、欧州特許(EP)、ドイツやその他の欧州各国の実用新案、イギリス、フランス、ドイツおよびオランダ(ならびにその他のあらゆる重要国)の各国の特許、そして、参加国であれば単一特許(UP)からなる、混在型の出願戦略を取るのが良いでしょう。
あらゆる製品開発計画において調査を自在に行い、問題になりそうな単一特許(UP)/欧州特許(EP)を製品発売より十分前もった段階から特定するように促し、適切な措置(例えば、取消(無効化)、非侵害確認訴訟、ライセンス(実施権)交渉等)を取ることができるようにしておくのが良いでしょう。
欧州でのIP(知的財産)の開発および利用に関する既存のライセンス契約やその他の契約内の、司法管轄に関する条項や執行に関する条項を見直して、これらの条項に統一特許裁判所(UPC)の構造がきちんと考慮に入れられているか否かを確認しておいたほうが良いでしょう。
競合他社のオプトイン/オプトアウト戦略を理解することは、競合他社の特許ポートフォリオについての知見が得られると共に、競合他社に対する戦略を練るうえでの有益な情報となるでしょう。オプトアウトした欧州特許のデータベースに対するポータルを構築しておけば、個々の特許のオプトイン/オプトアウト状態の確認が可能になります。競合他社の特許ポートフォリオ全体の分析を行うことは難しいかもしれませんが、特許を監視する仕組みを構築することは検討に入れておいたほうが良いでしょう。
28. 単一特許(UP)を加盟国内の1か国のみに与えることは可能ですか?
単一特許(UP)は、指定された地域全体にのみ与えられます。
29. 単一特許のライセンス(実施権)は全ての保護国をライセンス対象国としますか?
単一特許は、各実施権者に割り当てられる対象地域範囲が実施権者(ライセンシー)間で異なるようにしてライセンス(実施権)を許諾することも可能です。
30. 欧州特許/欧州特許出願や単一特許のライセンス(実施権)許諾にあたって考慮すべき一般的事項は何ですか?
前提として、欧州特許出願の審査を進める権利と、「従来型」欧州特許(非単一)を取得して欧州特許条約の各加盟国でバリデーションを行うのか新制度の単一特許を取得するのかを決める権利は、その欧州特許出願の出願人にあります。しかし、特許のライセンス(実施権)には、特許出願の審査を進める権利を実施権者に与えるものも存在します。よって、既存の特許権者(ライセンサー)と実施権者(ライセンシー)は、契約が自分達の意向に沿ったものであるか否かを確認しておいたほうが良いでしょう。今後のライセンス(実施権)は、特許出願の審査を進める権利や特許付与後のバリデーション(有効化)の方向性を決める権利がどの当事者/どちらの当事者にあるのかが明確になるように取り決めるのが望ましいと思われます。
ライセンス(実施権)は、オプトアウトの権利を特許権者(ライセンサー)にも黙示的に認めている可能性があります。この場合、一方の当事者の決断が、他方の当事者に不利益を及ぼしたり他方の当事者の意向に反したりすることになる恐れがあります。既存のライセンス(実施権)の当事者は、ライセンス内の規定を確認したほうが良いでしょう。今後のライセンス(実施権)は、オプトアウトする権利が誰/どの当事者にあるのかが明確になるように書き記すのが望ましいと思われます。
損害訴訟が各国の裁判所で開始された場合、それ以降、その特許に関する訴訟は全てその管轄内で取り扱われることになります。同様に、訴訟が統一特許裁判所(UPC)で開始された場合、それ以降の訴訟は全て統一特許裁判所(UPC)だけに限定されることになります。ライセンス(実施権)供与は、次の理由からさらに複雑化することになります:
- 前提として、特許訴訟を開始する権利は、特許権者にあります。
- しかし、法令からみて、独占実施権者(ライセンシー)もこの権利を有します。
- いずれにせよ、この権利は、ライセンス契約という契約によって独占実施権者(ライセンシー)に与えることも可能です(おそらく、通常の実施権者(ライセンシー)に与えることも可能)。
つまり、一方の当事者が、何の話し合いもなく且つ他方の当事者の意向に反して、他方の当事者を訴訟戦略に強制的に連れ込むような状況が起こる可能性があります。
これらの複雑化要因を踏まえたうえで、今後の特許ライセンス(実施権)の規定や既存の特許ライセンス(実施権)に対する変更点を決めていかなければなりません。
31. 欧州特許または単一特許を対象とするライセンス(実施権)に同意する際に考慮すべき事項とは何ですか?
従来型欧州特許(非単一・欧州特許条約の各加盟国でバリデーションを行う欧州特許)または単一特許を対象とするライセンス(実施権)に同意する際には、一方の当事者が他方の意図しないような方向に他方を連れ込む危険性があることから、それをどのようにして回避するのかを考えなければなりません。これは、特に以下の問題に対して合意に至ることを意味します:
- 実施権者(ライセンシー)に、特許(出願)の審査を進める権利があるのか?
- 実施権者(ライセンシー)に、欧州特許を現行どおりバリデーション(有効化)する(すなわち、複数の加盟国でバリデーションを行う)のかそれとも単一特許を取得するのかについて決める権利を与えるべきか?
- 実施権者(ライセンシー)に、オプトアウトを行う権利を与えるべきか?
- オプトイン、オプトアウトのどちらを通常の選択肢とすべきか?
- 一度オプトアウトした特許の、統一特許裁判所(UPC)へのオプトバック(オプトアウトの撤回)を可能にすべきか?そして、どのような過程を経たうえで、オプトアウトの撤回を実行するのか?そして、誰/どの当事者が、それを実行するのか?
- 実施権者(ライセンシー)に特許のバリデーションの方向性を決める権利やオプトアウトを行う権利が与えられている場合、実施権者(ライセンシー)に、少なくとも特許権者(ライセンサー)の意見を聞く義務を負わせるべきか?
- 特許のバリデーションの方向性やオプトアウトについての決断は、特許権者(ライセンサー)と実施権者(ライセンシー)が共同で下したほうが良いのか?そして、その際に当事者間で合意に至らなった場合の最終手段(最終的な決定)はどうするのか?
- ライセンス(実施権)の一方の当事者にオプトアウトを行使する権利があり、同当事者が統一特許裁判所(UPC)での特許取消(無効化)のリスクを回避する目的でオプトアウトを行使する際に、他方の当事者が各国の裁判所で訴訟が進められるのを望まなかったとしても、その他方の当事者の同意なしでオプトアウトを行使することができるようにするのか?
- どの当事者が、オプトアウトにかかる付随費用を負担するのか?
- 統一特許裁判所での一つの訴訟よりも複数国の無効化訴訟で被告になった場合のほうが費用が高くつくという可能性を踏まえたうえで、オプトアウト後の各国の裁判所で無効訴訟の被告となった場合の費用は、どの当事者が負担するのか?
- 一方の当事者が上記のいずれかの決断を下す権利を有する場合に、他方の当事者が一定の条件下で拒否権を行使できるようにすべきか?
独占実施権者(ライセンシー)としては、上記の決断を独断で行うことができる権利を希望すると思われます。その場合のライセンス(実施権)には、必要なあらゆる支援や協力の提供義務を特許権者(ライセンサー)が確実に負うことになるような文面を書き記すのが良いでしょう。
複数の実施権者(ライセンシー)が存在する場合には、状況はさらに複雑になると思われます。ある実施権者(ライセンシー)は侵害訴訟を各国の裁判所で提起したいと望み(例えば、特定の国の法制度が有利であるといった理由や、その国に実施権者(ライセンシー)が拠点を有している等の理由から)、他の実施権者(ライセンシー)は統一特許裁判所(UPC)のルートを希望するかもしれません。
32. 欧州特許または単一特許を対象とするライセンス(実施権)の当事者になっている場合、考慮すべき事項とは何ですか?
既存のライセンス契約には、どの/どちらの当事者に特許の審査を進める権利や侵害訴訟を開始する権利があるのかが規定されているはずです(規定されるべきです)。関連する規定は、統一特許裁判所(UPC)の新制度での役割配分についても黙示的に定めていると解釈される可能性があります。しかし、以下の問題は対処できていないと思われます:
- 実施権者(ライセンシー)に、欧州特許を現行どおりバリデーション(有効化)する(すなわち、複数の各加盟国でバリデーションを行う)のかそれとも単一特許を取得するのかについて決める権利を与えるべきか?
- 実施権者(ライセンシー)に、オプトアウトを行う権利を与えるべきか?
- オプトイン、オプトアウトのどちらを通常の選択肢とすべきか?
- 一度オプトアウトした特許の、統一特許裁判所(UPC)へのオプトバック(オプトアウトの撤回)を可能にすべきか?そして、どのような過程を経たうえで、オプトアウトの撤回を実行するのか?そして、どの当事者が、それを実行するのか?
- 実施権者(ライセンシー)に特許のバリデーションの方向性を決める権利やオプトアウトを行う権利が与えられている場合、実施権者(ライセンシー)に、少なくとも特許権者(ライセンサー)の意見を聞く義務を負わせるべきか?
- 特許のバリデーションの方向性やオプトアウトについての決断は、特許権者(ライセンサー)と実施権者(ライセンシー)が共同で下したほうが良いのか?そして、その際に当事者間で合意に至らなった場合の最終手段(最終的な決定)や解決方法はどうするのか?
- ライセンス(実施権)の一方の当事者にオプトアウトを行使する権利があり、当事者が統一特許裁判所(UPC)での特許取消(無効化)のリスクを回避する目的でオプトアウトを行使する際に、他方の当事者が各国の裁判所で訴訟が進められるのを望まなかったとしても、その他方の当事者の同意なしでオプトアウトを行使することができるようにするのか?
- どの当事者が、オプトアウトにかかる付随費用を負担するのか?
- 統一特許裁判所での一つの訴訟よりも複数国の無効化訴訟で被告になった場合のほうが費用が高くつくという可能性を踏まえたうえで、オプトアウト後の各国の裁判所で無効訴訟の被告となった場合の費用は、どの当事者が負担するのか?
特に危険なのは、(各国の裁判所、統一特許裁判所であっても)訴訟が一度開始されてしまうと、各国の裁判所の管轄と統一特許裁判所の管轄の一方から他方へと管轄を変えることができないという点です。そのため、多くの欧州特許条約加盟国で有効な欧州特許をオプトアウトするかを決定するラインセンス(実施権)の当事者は、一方の当事者またはライセンス(実施権)当事者達が望まない訴訟戦略や、少なくとも当事者同士で合意が交わされなかった戦略に拘束することができます。したがって、単一特許(UP)に対応した変更点を加えるべきか否かを見極めるためにも、出来る限り早めに既存のライセンス(実施権)を確認した方が良いです。
33. 提携締約から生じた知的財産(IP)の共同所有者になっている場合、考慮すべき事項とは何ですか?
単一特許(UP)制度は、提携契約を結んでいる場合や知的財産(IP)を共同で所有している場合にも影響があります。提携契約を締結し、共同で知的財産(IP)を開発した場合、その知的財産(IP)は、法律の適用により、多くの管轄域において共同で所有されているものと見なされるでしょう。しかし、提携契約には、この点を覆すような契約規定が常に含まれているとは限りません。
欧州特許条約の各加盟国でバリデーション(有効化)するかたちの欧州特許が共同で所有されているときに、これを統一特許裁判所の管轄からオプトアウト(オプトアウトに関しては、こちらををクリック)させたい場合には、全所有者が共同で申請を行う必要があります。実施権者(ライセンシー)がこれを確実に行うには、共同所有者全員の協力を確保しなければなりません。しかし、協力契約が交わされていたとしても、同契約内でこの点が考慮されている可能性は低いと思われます。
一般的に、共同所有者は、単一特許(UP)以外に関して既に合意に至っている手続きや利用行為や執行行為と同様に、単一特許や統一特許裁判所の誕生を踏まえた審査戦略や無効化戦略や訴訟戦略の行い方や費用負担についても、全員の合意に至っておく必要があります。
34. 特許/特許出願の共同所有者のうち、どの所有者の名前が先に出願書類に記載されているかは重要ですか?
出願人の国籍により、どの国内法が財産としての特許出願や特許に適用されるのかが決まります。単一特許(UP)が様々な国籍の共同所有者で所有されている場合、出願上に名前が最初に記載されている出願人(所有者)の国内法が適用されることになっています。つまり、共同所有者の権利や義務、特に、ある所有者がその他の所有者に関係なく権利を利用、譲渡、実施許諾または保護する範囲については、法制度が異なると、共同所有者に与える権利や義務も異なるため、出願の提出前からこの点について入念に検討しておく必要があります。
共同で所有する成果物について触れた提携契約を発効させるのであれば、発明が生じる前の時点で、その点をどうようにして決定するのかについて定めておくのが賢明です。また、利用や権利行使に関する契約上の権利や義務を詳細に記述しておくことで、不確定要素を幾らか緩和させることができるでしょう。
35. 許可通知を受けた欧州特許出願について、単一特許の運用開始後まで付与を延期する方法はありますか?
単一特許は、UPC(統一特許裁判所)協定発効後に付与された欧州特許のみに与えられます。統一特許裁判所はUPC協定の発効日を2023年6月1日と見込んでいますが、さらなる延期の可能性もあります。現在、単一特許および統一特許裁判所の両制度を運用するためのシステム整備が進んでいますが、完成にはなお時間がかかる見込みです。ドイツはこれらの準備作業が終わるまで、UPC協定の批准書寄託を保留している模様です。
欧州特許庁は移行措置の一環として「審査官による許可済みの欧州特許出願に対する特許付与を、UPC協定発効以降に遅らせるための申請を2023年1月1日から受け付ける」と発表していました。この申請は、EPC規則71(3)に基づく通知書への応答期限内に行う必要があります。統一特許裁判所の運用開始は延期が報じられたところですが、移行期間の開始日については変更しないと欧州特許庁は発表しました。したがって、EPC規則71(3)に基づく通知書のうち、応答期限が2023年1月1日以降のものは、付与を遅らせる申請が可能です。また同通知書のうち、応答期限が2023年1月1日以前のものであっても、通知書への応答を順延させる手続きを取れば、単一特許としての扱いを受けることが可能です。