2024年1月1日、「2023年 維持されたEU法(廃止・改正)」が英国で施行されました。同法によって商標、著作権、意匠、SPC(補充的保護証明書)に関わる英国法が今後EU法から逸脱する可能性があることを考慮すれば、この件は英国の知的財産権所有者にとって重要な意味を持つと言えるでしょう。
同法は英国法に多くの重要な変更をもたらします。注目すべきは、英国におけるEU法優先の原則を撤廃するとともに、EU法の一般原則が今後は適用されなくなるという点です。その結果、英国裁判所はEU法に準拠した法解釈から解放され、最高裁判所と控訴院はEU裁判所の判例に縛られることもなくなりました。必要に応じて、過去の判例から自由に逸脱することが可能です。
このような変化の兆しは既に現れており、最近の商標権侵害訴訟における黙認の抗弁に関する法律の検討において、控訴院はEUの判例法から逸脱する決定を下しています。2023年末に判決が下されたIndustrial Cleaning Equipment (Southampton) Ltd v Intelligent Cleaning Equipment Holdings Co Ltdの事例において、控訴院は黙認 (acquiescence)に関するEUの主要な判例に従うことを拒否し、代わりにこの抗弁の適用について独自の検証を行いました。
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このことは、英国裁判所が過去のEU判決を適用し続けるべきか、独自の路線に進むべきかを自らの意志で検討し始めたことを示しています。
同法がEU判例法からの逸脱を認めているのは最高裁判所と控訴院のみで、下級裁判所(高等裁判所とIPECを含む)は依然として過去の判例に従う必要があります。しかし、それらの裁判所も過去のEUの判例から逸脱すべきかどうかを問うことができる新たな仕組みを導入しています。同法の規定では、下級裁判所等が控訴院または最高裁判所に照会し、過去のEU判決に起因する法的根拠に引き続き従うべきか否かについて指導を求めることができます。これに対し、控訴院・最高裁判所はEU判決が英国法に適合しないという判断の下、下級裁判所等がEU判決に縛られないよう命令を下すことができます。
この仕組みは、英国のすべての裁判所や特別法廷に対し、EUの判例法と英国法との関連を見直し、必要に応じてEU法からの逸脱を認めるだけでなく、場合によっては奨励するものです。
特筆すべきは、下級裁判所等の意思だけでなく、手続きの当事者からの要請によっても照会を行うことができる点です。従って今後は英国裁判所またはUKIPOにおける知財訴訟の中で、過去のEU判決を踏襲すべきかどうかの指針を、当事者からの要請で上級裁判所に求めるケースが出てくると思われます。
特筆すべきは、下級裁判所等の意思だけでなく、手続きの当事者からの要請によっても照会を行うことができる点です。従って今後は英国裁判所またはUKIPOにおける知財訴訟の中で、過去のEU判決を踏襲すべきかどうかの指針を、当事者からの要請で上級裁判所に求めるケースが出てくると思われます。
また、近年の英国とEUにおける知的財産の審査実務の逸脱を同法が加速させるかどうかも注目すべき点です。例えば商標および意匠出願に対するUKIPOの審査規則は、EUIPOと異なっており、特に商標出願の絶対的拒絶理由や、アニメーションGUI(グラフィカル・ユーザー・インターフェース)の意匠登録の可能性に影響しています。UKIPOが審判所としてEU判決への準拠を高等裁判所に照会し、指針が得られるようになった結果、これらの審査規則はこれまで以上に逸脱する可能性があります。
実務的には、これらの変更は英国の知的財産権者が権利を確保・行使する際に従来と異なる戦略を採用する必要があることを意味しています。審査規則が異なるため、英国とEUの双方で保護を求める場合は、異なる出願戦略を立てる必要が生じるでしょう。同様に複数の管轄域で侵害行為に知財の権利執行を行う場合、英国とEUの法的な相違点を考慮するとともに、付与される保護の範囲や利用可能な抗弁については特に、それぞれに合った戦略が求められます。
従って、英国およびEUにおける知的財産権の管理については、両方の視点で考えることが重要です。英国法がEU法から逸脱する可能性を考慮すれば、英国とEUの双方に拠点を構え、双方の弁理士を擁するマークス&クラークは知的財産権の確保・管理・行使について最適なアドバイスを提供できる法律事務所です。本件および「2023年 維持されたEU法(廃止・改正)」の影響に関して、より詳しい情報をご希望の場合はお気軽にお問い合わせください。