英国のEU離脱は2021年1月1日に「完遂」したように見えるかもしれませんが、議員たちは英国の法律から「EU法優先の原則」やEU法の一般原則、直接効力のあるEUの権利を抹消するための法案を作ることで完遂に向けて努力してきました。その結果として2024年1月1日に「2023年 維持されたEU法(廃止・改正)」が施行され、英国はそれまで課せられていたEU法に準拠した法解釈から解放されたのです。
本稿では英国の商標審査プロセスに焦点を当て、英国とEU全体の商標実務における主な相違点を明らかにするとともに、英国がさらにEUと法的な差異を広げる可能性のある分野を考察します。
英国商標法および実務の多くはEU法を踏襲し、EU裁判所の判例法に基づいています。例えば、英国商標法は「EU商標指令(2015/2436)」と「EU商標規則(2017/1001)」を含む「1994年商標法」によって規定されており、英国におけるEU商標の効力を与えています。2024年1月1日以降、「2023年 維持されたEU法(廃止・改正)」によってEUの英国に対する影響力は大幅に軽減され、英国の立法府や裁判所によるEU法の意義や効力の乖離が可能となります。
では、英国の商標登録審査手続きはEUと何が違うのでしょうか。そして今後どのような変更が起こりうるのでしょうか。
英国とEUの審査の違い
英国商標出願とEU商標出願の審査における主な相違点
使用目的
英国とEUの商標出願における大きな違いは、出願する個人または企業が「誠実な意思をもって商品・サービスに商標を使用すること」を宣言しなければならない点です。この要件はEUの商標出願には適用されません。
シリーズ(連続)出願
英国においては、1件の商標出願に同一商標のバリエーションを6つまで含めることができます。この「シリーズ商標出願」はEUにはない魅力的な制度です。ロゴマークや複数の向きと色などで表現される結合商標など、保護したい商標のパターンが複数ある企業にとっては効率的な制度です。シリーズ商標出願によって、企業はブランドを保護する際の時間と費用を節約することができ、特に予算が少ない場合には有効です。
審査
英国の商標出願審査は迅速となる可能性が高いです。UKIPOの審査は1つの報告書で行われ、明細書に対する異議や識別力のないといった商標問題も同時に処理されます。異議申立があった場合に出願阻止につながる可能性のある先行権利の詳細も、審査官は同じExamination Reportに記載します。一方のEUIPOの審査手続きでは、まず明細書に関する質問が処理され、その次に当該商標が他人の商品・サービスと区別する識別力を持っているか否かを審査する別のExamination Reportが提出されます。この2種類のExamination Reportの間に、EUIPOは非公式な調査レポートを作成し、係争に発展しそうな先行権利について出願人に通知します(出願時に要求があった場合)。このようにEUのプロセスは英国よりもやや断片的な対応を取っています。
そのためEU商標出願審査は、出願人に対して審査官から明細書の内容や識別力に関する異議申立があった場合、最長で4か月も対応に費やすことになり、英国出願よりも時間がかかる可能性があります。英国の場合、審査官により期間延長請求が行われた場合でも2か月以内に対応しなければなりません。
異議申立
英国の異議申立手続きはEUよりも厳しく、短期間で証拠提出を行う必要がある上に規則も厳しく定められています。その理由は異議申立手続きに係る不要な出費を避け、合理的な期間で手続を完了させるという「目的重視」[1] の姿勢があるためです。
一般的にUKIPOが扱う異議申立や係争案件は、審理官による精査により、ごく短期間で処理されます。例えば、当事者間でを行うために手続きの遅延に同意している中で、当事者系手続きにおいて期間延長や停止を求める場合などです。
英国の異議申立期限は2~3か月でEUよりも短い傾向にあります。英国での出願に異議申立を行う場合は1か月の期間延長を申請できますが、それらの申立がなくスムーズに手続きが進めば3~4か月で登録されます。EUの場合、スムーズに手続きが進んでも4~6か月が必要です。
英国における登録前の異議申立を行う理由は、先行する商標・著作権・登録意匠の存在だけでなく、以下のように幅広く認めらています。
・商標が商標として機能しない(商品・サービスを区別できない)
・取引上一般的に使用される一般用語になった(商品・サービスを区別できない)
・虚偽である
・悪意のある商標出願
EUでの絶対的拒絶理由での異議申立は、商標登録後に無効手続きを通じてのみ可能です。
英国では出願人が異議申立に反論書や抗弁書を提出しない場合、一般的に出願は放棄されたものとみなされ、手続は早期に終了します。EUでは対照的に、出願人が手続きに一切関与しなかった場合でも異議申立は一定の審理まで進められ、出願人が勝訴する可能性もあります。出願人が手続きに加わらないにも関わらず、異議申立人は最終決定が出るのを見届けなければならないため、EUの制度は異議申立人にとってフラストレーションとなることも少なくありません。
さらなる逸脱の可能性
「2023年 維持されたEU法(廃止・改正)」が施行されたことで、英国裁判所とUKIPOは今後、EUの判例法とは異なる判決を下すことが想定されます。現在の英国法は一部の重要なEUの判例に準拠し、それらは30年近くもの間、商標専門家の判断基準となってきました。「2023年 維持されたEU法(廃止・改正)」が施行された今、絶えず発展し続ける分野においては英国の判例法に主導権が移る可能性があります。
[2]しかし、商標審査に関しては、別の可能性も浮上しています。7年にわたって係争中の Sky v. SkyKick の商標訴訟において[3]、 過度に広範な独占権を主張する 「悪意のある商標出願」の定義や明細書の範囲の広さについて、EUの判例法から逸脱する可能性があります。具体的に予想される判決としては、商品・サービスの広範な仕様を認めるEUの慣例とは対照的に、より厳密な仕様を要求する分類システムを採用する立場を取るものです。その場合、例えば「ソフトウェア」の商標を保護する商標権者はソフトウェアの具体的な目的の記載を求められることになります。私たちはこの訴訟を今後も注視し、判決が確定しだい皆さまにご報告いたします。
商標審査および異議申立の関連事項には、その他にも商標の独自性、商品・サービスの類似性、3D商標登録の可能性、誤認や混同の可能性の評価に関する原則などの概念が含まれます。これらに関連する法的原則はすべてEU裁判[4]を通じて発展してきましたが、英国の法律や実務がこの原則から逸脱するのかどうかは興味深く注視したいところです。
将来的に英国の商標法および実務はEU法から徐々に逸脱していくことが予想されますが、マークス&クラークの英国およびEUの商標専門家は、この乖離がもたらす意味や、両地域における知的財産権および商業的利益を最大化するために企業が講じるべき施策についてアドバイスさせていただきます。
[1] Rule 1.1 of the Civil Procedure Rules that also govern the conduct of civil litigation [2] Industrial Cleaning Equipment (Southampton) Ltd v Intelligent Cleaning Equipment Holdings Co Ltd & Anor [2023] EWCA Civ 1451 [3] SkyKick UK Ltd and another (Appellants) v Sky Ltd and others (Respondents) [2018] EWHC 155 (Ch); Case C-371/18 and Opinion of AG Tanchez; [2021] EWCA Civ 1121 [4] See for example EU judgements in Cases C-191/01 P (Doublemint), C-104/01 (Libertel), C-53/01 (Linde), C-383/99P (Baby-Dry), C-363/99 (Postkantoor), C-299/99 (Phillips) , C-342/97 (Lloyd/Loint’s), C-108/97 & C-109/97 (Chiemsee) , C-39/97 (Canon v MGM), C-251/95 (Sabel v Puma) |